1. Job Huggingとは
「Job Hugging(ジョブ・ハギング)」という言葉をご存知でしょうか?近年の労働市場における大きなパラダイムシフトを示す重要な概念で、直訳すると「仕事への抱きつき」を意味します。具体的には、「今の職場に不満があったり、自分に合わないと感じていたりしても、経済的な不安や変化への恐れから、現在の仕事に必死にしがみつく状態」を表します。Job Huggingは雇用不安時代の生存戦略であり、今の仕事を積極的に愛しているというよりも、手放すのが怖いという消極的な執着が本質にあります。
2. 転職に関する動向変化
求職者向けのサービスを展開する「Resume Builder」や、求人情報サイトを運営する「Monster.com」の調査によると、米国の労働者の約45~48%が、自身を「Job Hugger(今の仕事にしがみつく人)」と定義しており、さらにそのうちの75%が「2027年まで現職に留まる予定」と回答しています。
これまでのアメリカ市場では「Job Hopping(ジョブ・ホッピング)」、つまり「転職=大幅な昇給」が常識とされ、転職による昇給率は2022年には20%を超えていました。しかし、2025年には約7%まで急落し、転職者の昇給率が現職留任者の昇給率を上回っていた関係が逆転してしまいました。そのため、労働者のマインドは、かつての「辞めても次がある」という「攻め」の姿勢から、現職にとどまろうとする「守り」の態勢へと一変することになりました。
3. Job Huggingの背景
米国で人々が現職に「しがみつく」現象が急速に広がった背景には、複数の要因が絡み合っています。パンデミック後に数千万人が離職した「グレート・レジグネーション(大退職時代)」は一段落しましたが、景気後退への懸念や、大手テック企業による大規模なリストラが相次いだことで、米国の離職率は2021年のピーク時には3.0%に達しました。しかし、2025年末には2.0%まで低下しています(図1)。
米国労働省の雇用動態調査結果を2021年と2025年の8月で比較すると、求人数は約4割減少し、求人倍率も3%程度低下しています。離職人数も月あたり約140万人減少し、過去10年近く見られなかった低水準を記録しており、労働者が自発的に職を辞めるリスクを極端に避けていることを示しています。中には「賃金カット」や「キャリアの降格」、「責任の軽減」を受け入れてでも解雇を避けて現職に留まるケースが増えています。
また、生成AIの急速な普及により、特にホワイトカラーの仕事の在り方が揺らぎ始めており、自分のスキルが将来も通用するのかという不透明感が、「今ある椅子」を何としても守り抜こうとする心理を一層強めています。アフォーダビリティ問題やK字型経済(富裕層と中低所得者層の二極分化)とも言われるように、インフレの進行や生活コストの上昇により、給与が途絶えることや医療保険・年金などの福利厚生を失うことは致命的なリスクとなるため、失業不安は転職を躊躇させる大きな要因となっています。
4. おわりに(就業者と雇用者双方への悪影響)
「Job Hugging」は、働く個人と雇用組織の双方にネガティブな影響を及ぼすと言われています。個人にとっては、本音では辞めたいのに辞められないという葛藤が、長期的に強いストレスを生み、キャリアの停滞感を感じつつも、変化を恐れて身動きが取れなくなる「キャリアの膠着状態」に陥る人が増えており、メンタルヘルスにも支障を来す例が挙げられます。
一方、企業側にとっては、離職率が下がり人材が定着するように見えますが、必ずしも良いことばかりではなく、やる気のない社員が「席を守るためだけ」に留まることで、組織の流動性が低下し、イノベーションが阻害されるリスクがあります。組織の新陳代謝や人材流動性が活力や成長の源泉と言われてきたアメリカ経済ですが、現在の米国労働市場は、「従業員の『定着率』は高い反面、『満足度』が低い」という、会社組織からすると「不健全な安定期」にあると言えるかもしれません。
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