海外NEWS 006号(タイ)
「The Aspen Tree」とタイの介護事情

発行日
2026年7月
作成
北陸銀行 法人ソリューション部 バンコク駐在員事務所

要約

  • タイの高齢化進展や核家族化等を背景に、バンコクでは「介護は専門家に任せる」という考え方が広がりつつあります。
  • 高級シニアレジデンス「The Aspen Tree」は「住まい」と「医療・介護・健康づくり」を一体で提供し、ウェルネスを重視した暮らしを提案しています。
  • タイでは公的介護保険制度が十分に整備されておらず、介護サービス・シニア住宅市場の二極化や地域格差が課題となっています。

1. はじめに(タイの高齢化とシニア住宅ニーズ)

タイは東南アジアの中でも高齢化が進んでおり、今後は「高齢社会」から「超高齢社会」へ急速に移行すると予測されています。そのような状況で、バンコクでは、少子化や核家族化によって家族だけで介護を担うことが難しくなっているほか、共働き世帯の増加や海外で働く子どもが増えたことで、高齢の親のケアが物理的に行いにくいケースが増えています。さらに、民間の医療・介護サービスの質が高まってきたこともあり、「介護は専門家に任せる」という考え方が広がりつつあります。

こうした背景から、バンコクでは日本の「サービス付き高齢者向け住宅」に近い、高級シニアレジデンスが登場しています。今回は、その代表例の一つ「The Aspen Tree」を見学してまいりましたので、概要とあわせてタイの介護事情をご紹介します。

2. The Aspen Tree の概要と特徴

(1) 基本コンセプトと立地

The Aspen Treeは、タイの大手デベロッパー「MQDC」による高齢者向け高級住宅ブランドです。「ライフタイムケア(生涯ケア)」と「ウェルネス」を掲げ、バンコク郊外にあるバンナー地区の大規模開発「The Forestias」内に位置しています。広大な森や緑地に囲まれた環境と、商業施設・医療施設へのアクセスの利便性を両立させた複合開発の一部で、2024年10月にオープンしました。

(2) 居住空間・生活サービス

入居対象は50歳以上で、高齢者の生活を前提とした設計が随所に見られます。例えば、段差を抑えたバリアフリー設計、広めの通路、水まわりの手すり設置などのほか、緊急呼び出しボタンや24時間セキュリティといった安全面の設備も整っています。共用部のロビーやラウンジはホテルのような造りになっており、高級感のある空間となっています。

生活面では、ハウスキーピングやリネン交換、コンシェルジュによる案内、施設内レストランと連携した食事提供など、ホテル並みのサービスを組み合わせることで、高齢者が家事負担を減らしながら快適に暮らせる体制が整えられています。

(3) 医療・介護・ウェルネス支援

The Aspen Tree の大きな特徴は、「住まい」と「医療・介護・健康づくり」を一体で提供している点です。施設内には看護師や医療スタッフが常駐するヘルスセンターがあり、日常の健康相談や慢性疾患のフォロー、必要に応じた病院との連携も行われます。要介護となった場合には、入浴・排泄・服薬管理などの生活介助にも対応しています。さらに、理学療法などのリハビリや運動プログラム、ヨガ等のウェルネス活動も用意されています。

病気になってからの対応にとどまらず、できるだけ長く自立した生活を続けることに重点が置かれており、日本のCCRC(Continuing Care Retirement Community:継続的なケアを受けながら暮らす高齢者コミュニティ)に近い発想といえます。

3. タイの介護事情

(1) 家族介護からの転換期

タイでは伝統的に、親子同居を前提とした「家族による介護」が基本であり、仏教的価値観に基づく親孝行の意識も強いとされています。しかし、都市への人口集中や共働きの増加により、家族だけで介護を担うことが難しい事例が増えています。その一方、「親を施設に入れること」への心理的抵抗も、依然として残っているようです。

(2) 公的介護保険がないことによる影響

日本と異なり、タイでは公的介護保険制度が十分に整備されていません。そのため介護は、家族による無償ケア、自費での民間介護サービス利用、民間・宗教団体などが運営する高齢者施設への入所といった形を組み合わせて対応されています。

都市部ではデイサービスや訪問介護、高齢者ホームが増加しつつありますが、地方では選択肢が限られ、地域格差が課題となっています。

(3) シニア住宅市場の二極化

タイの高齢者向け施設は、大きく二極化が進んでいます。低~中所得者向けには、NGOや宗教団体が運営し、必要最小限のケアを提供する施設があります。一方、富裕層向けには、24時間看護、リハビリ、レクリエーション等を備えた高級施設があり、医療ツーリズムとの連携も視野に入れられています。

The Aspen Treeは後者(富裕層向け高級シニア住宅)に位置づけられ、街づくりと一体化している点が特徴です。見学時に内見した2ベッドルームの部屋は7,000万バーツ(約3.5億円)で、同じ間取りの部屋を購入した日本人もいると伺いました。

The Aspen Treeの外観(筆者撮影)

4. おわりに

The Aspen Treeは、タイ社会において次のような意味を持つと考えられます。
・家族だけに依存せず、「専門職によるケア」を暮らしに組み込んだ新しい老後モデル
・高級住宅、医療・介護、自然環境、コミュニティを組み合わせた「ウェルネス重視」の街づくりの実験的な取り組み
・将来的に、医療ツーリズムや外国人リタイア層の受け入れ拠点となる可能性

しかし、費用負担が大きく利用者が富裕層に限られるため、タイ全体の介護課題を直接解決するものではありません。介護人材の確保やケアの質の維持も課題だといえます。

それでも、The Aspen Treeのような施設の考え方は、今後、中間層向けのシニア住宅や地域ケアモデルに応用されることでしょう。長期的には、「家族任せの介護」から「家族と社会が協力して高齢者を支える仕組み」への移行を後押しする事例として位置づけられる可能性があり、そこには、介護分野で課題先進国である日本企業にとってのビジネスチャンスがあるかもしれません。

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